ヨガの奥深さ。

皆様、こんにちは😊
ヨガハウス秦野のYoshitakaです!
最近、朝晩は空気が澄んできて、虫の鳴き声が心地よくすっかりと秋を感じる季節となりましたね!!
先日、こんな光景を目にしたのです。

垂直にチャイルドポーズしている蛙さん。。。
私のハタヨガクラスでも頻繁に出てくる癒し系ポーズなのですが、この蛙さんすごくないですか?!
垂直なのにウットリお休みしておられます。

さて、皆様、こちらのブログを読んでくださってくれている方は、私のハタヨガクラスに遊びに来て頂いた事はございますか?
たまに地味にキツイと言われます。汗
そして、「今更なのですがハタヨガ ってそもそも
どんなヨガなんですか」と問われました。
実践が進んでいくと、最初全く気にもしなかった事を知りたくなってくるのだと思うのです。

さて、日本では馴染みのある仏教にも様々な宗派があると思いますが、ヒンドゥー教もそれで、とある一派の経典にタントラというものがあります。
スートラとタントラがあります。

織物で言うのであればスートラは端から端まで伸びる「縦糸」を。そしてタントラはその縦糸に合わさる様々な模様を作る織糸(横糸)を意味していると考えられます。
どちらも「糸」なんて面白いですよね。
どちらの糸が欠けても布は完成しません。
それぞれに意味や役割があると思うんです。
スートラは人々が想像する事が困難な事を教え示してくれる哲学的な要素が強い印象を持ちます。
それに対し、タントラは現実的で実践的な教えであると考えられます。スートラを理解する事は困難であり、言葉の裏に隠れている事を分かりやすく教えてくれます。
ヨーガスートラは8つの部門がありますが、タントラは4つの部門からなり、そのうちの一つにヨーガの教えが組みこまれています。
7世紀になると、このタントラの4つの部門のうちのヨーガタントラが爆発的に流行りました。
現代風に言いますと、バズったのです。
ヒンドゥーではタントリズム、仏教では密教(秘密教)や、仏教タントリズムなどと言われました。
このタントリズムの流れから10〜11世紀、ゴーラクナータさんと言う方がハタヨーガをまとめられました。
本当に大変な作業だったと思います。
またハタの意味ですが、
私の師の教えではハタとは「意志、力、圧力」を意味しております。
その為、非常に力強く、また継続する為には強い意志が必要だと実感しております。

※基本凡英和辞典には、「暴力、力、抑圧」と記載してありました。
ご参考までに。

またハタにはこんな考えもあるようです。
「ハは太陽、タは月であると言われる。
太陽と月の結合から、ハタヨーガと言われる。」
(siddhasiddhānta paddhati 1-69)

燃え盛る太陽、中心温度は1600万度、太陽の直径は地球の109倍に相当する139万2700km。
それに対して月は穏やかで静かですよね。
そこに男性性と女性性を感じ、さらに古代のヨーギー達はそれらのスーパーパワーを自らの体内でその2極を感じたのでしょうか。

また、先程ご紹介しました、ゴーラクナートさんのお弟子さん、スヴァートマーラーマさんは15世紀にハタヨーガプラディーピカーで4つの部門チャトラーンガヨーガを説きました。
15世紀というと日本では室町時代でしょうか。
この付近の年代では応仁の乱など日本人なら一度は聞いた事がある時代。
この時代になるとイメージしやすくなってきたのではないでしょうか??
ハタヨーガプラディーピカーでは冒頭、1-1〜1-3
パタンジャリさんのヨーガスートラでお馴染みアシュターンガヨーガ(パタンジャリヨーガ)を、ラージャヨーガと呼びました。
ラージャとは「王」の意味です。
色んなヨーガがありますがいづれのヨーガにもパタンジャリ先生の教えが入っているという事です。
それ程、偉大なヨーガという事で、ラージャとついたのでしょう。

※バカヴァットギーターでクリュシュナがアルジュナに説いた3つのヨーガ
・ジニャーナヨーガ
・バクティヨーガ
・カルマヨーガ

また、ハタヨーガの別の書、ゲーランダサムヒターには人間(心と体)をガタ(器)と比喩しています。
ガタはヨーガの火によって硬くする必要がある。
精神も肉体もヨーガによってより強くする必要があるとの事です。
人は傷つきます。
心も体も。
いつ何時、何が起こるのか分からないのです。
なので、あらゆるテクニックを使って、心も体も叩いても落っこちても割れない、強い状態をヨーガで維持する必要があるのでしょう。
私は、ゴキブリを見ただけで心にヒビが入りますが。涙

そして、私の知る限りのハタヨーガの経典は最初は体の浄化を行います。
道路が渋滞してれば車もスムーズに流れない、体も同じであると考えられています。
体の滞りを緩和し、清い物を正しく入れて蓄えるという考えでしょうか。
※ハタヨーガプラディーピカーは例外で浄化法は過剰な脂肪や粘液を持つ人達だけが必要あるとの事です。
それ以外の方はまた別の方法(プラーナヤーマ)で浄化効果を得られるとされています。

また、ハタヨーガプラディーピカーにはラージャヨーガ(ここでのラージャヨーガは深い集中状態などの意味あいで使われています。)の境地へ行くための段階にハタヨーガがあるというスタンスで記載されています。
そして、ハタヨーガのゴール、サマーディ、(深い集中)ラヤ(融合)ウンマニーアヴァスター(無心状態)などの状態を目指していくのです。
その為に不動の心と体をポーズなどで鍛えていき、ハタヨーガのゴールであるサマーディに達した暁には、ヨーガスートラ の第一章サマーディの章からスタートすると言う流れだと私は理解しております。
冒頭でお伝えした、布は決して一本の糸から出来ないとはこの様な事なのでしょうか。
どの聖典や経典も実は読んでみると繋がりが見えてくるように思えます。

例えば、私が以前クラスが始める前にお伝えしたバカヴァットギーターのとある一説。
①愚者はサーンキャ(理論)とヨーガ(実践)とを別個に説くが、賢者はそうは説かない。一方にでも正しく依拠すれば、両方の成果を得るBG5-4
②サーンキャによって得られる境地は、ヨーガによっても到達される。サーンキャとヨーガとを同一に見る人は真に見るのである。BG5-5
〈岩波文庫 バカヴァットギーター 上村勝彦先生訳 参照〉
つまり、知識なく行った行為と行為を伴わない知識というのは無意味であるという事です。
土地勘のない、旅行先に行くのに、地図やカーナビを使わずに行くようなものでしょう。
何を行ったかではなく、何をどのような態度で行ったかが大事だと私は考えております。
よくインストラクターが口にする、
呼吸に意識するとか、形にとらわれないで、とはまさにこの2節から来ていると思うのです。
同じポーズでも同じ感覚や瞬間などないのですね。
同じ道を毎日通勤しても同じ場所に同じ枯れ葉が落ちている事などあり得ません。
そして、エクササイズは結果を重視します。
私はヨーガは結果からの執着から解放される練習をするのだと考えています。
その為に継続練習を行い、執着から離れ行くのです。
エクササイズとヨーガはここが決定的に違うと考えております。

ヨーガで得るべき結果は結果からの無執着なんです。
人は結果を得る為に目標を立ててそれに到達する為に努力をします。
しかし、その努力が得られなかった時、怒りや不安な気持ちが目覚めます。
また、仮に目標に到達できた時ですら、さらに上の目標を目指し、さらなる欲望が芽生えるでしょう。

さらに、BG2-48では
アルジュナよ執着を捨て、成功と不成功を平等のものと見て、ヨーガに立脚して諸々の行為をせよ。ヨーガは平等の境地であると言われる。
皆様はクラス終わってから、今日はあのポーズは上手くいった、あれは出来なかったとかクラス後に色々と反省会を自分自身でやっておりませんか?
いいんです。
楽しんでやりましょうよ。
痛い時とか、無理をせず自分の体を信用して楽に生きましょう。
練習が進んでいくと、苦行のように追い込んで行きがちで、気付いたらポーズをしているのにイライラしてたりとか。
そんな時は、一つ深呼吸です。

最後になりますが、現在スタジオで行われているハタヨーガはポーズが主体と感じます。
その為肉体的なヨーガとも言われる事もありますが、実はバカヴァットギーターやヨーガスートラなど、他の書物と掛け合わせてハタヨーガを見てみると、また違った景色が見えてきて、毎日のご自身の練習だったり、またはクラスに出るときの心がけなどが変わってくるのではないでしょうか?^_^
先日この話をした時に、次のクラスの時にバカヴァットギーターを買って読んでくださった方がおり、私も嬉しかったです!
では、だいぶ長くなってしまったで、今回はこの辺で。
次回はハタヨーガのさらに細かい食事規定などをお話しできればと思います!
それではまた、クラスでお会い出来る事をお待ちしております。

ヨガハウス 秦野Yoshitaka

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